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    『怖がり』の『防災』

    私は、例えば皆さんが普通に街を歩いている時、通勤途中、通学途中、あるいは遊びで・・・すれ違う誰かと何も変わらない、普通の人間です。性別は男、年齢は三十路を越えています。

    家族持ちで賃貸マンションに住み、真面目に働いてもいます。そんな私がもし皆さんと違う点を一つ挙げるとすれば、とっても怖がりな性格ということではないかと思います。

    例えばプールに行きます。たくさんの人たちが楽しそうに泳いでいます。この光景を見て真っ先に私の頭の中に浮かぶのは、プールの底がパカッと二つに開き、中から巨大なホオジロザメが現れて、たくさんの悲鳴が渦巻く中、プールでは惨劇が展開、水の中は朱に染まっていく。。。という、まあパラノイアと言われても仕方がない、怖がり界(?)のキング・オブ・モンスターなのです。もちろん、だからと言ってプールに入らないという異常な行動に走ることはなく、傍から見ればごく普通にプールを楽しむオジサンということになります。

    巨大地震が起きたら・・・

    最近は怖いニュースばかりです。

    『南海トラフ地震は今後30年以内に発生確率60~90%以上または20~50%と見直され、最大で死者約30万人・津波10m超の甚大な被害が想定されています。』

    この記事を目にした時、私は震え上がりました。10メートル超の津波とはビルで言えば、4階付近までの高さに相当し、低階層は完全に水没してしまうことを意味します。ちなみに私は、マンションの3階に住んでいます。「そうなったらどうしよう?」果たしてうちは大丈夫だろうか、もしそうなってしまったら、どこに逃げれば良いのだろう・・・皆さんも同じような感覚を持たれた経験があるのではないでしょうか。

    もちろん、恐怖をやみくもに煽っているわけではありません。でも見て見ぬフリをして何も備えないということが、正しい選択とも思えないのです。

    都市伝説の境界線

    話は飛びます。私は、最近巷で人気の「都市伝説」が大好きで、人気ユーチューバーの番組も欠かさず視聴しています。なんともミステリアスな話ばかりで、いつも時間を忘れて惹き込まれているのですが、中には眉唾なものもたくさんあります。しかし、例えばひと昔前までは都市伝説の中だけのものだった「ディープステート(闇の政府)」という言葉が、(日本ではありませんが)現実の政治の世界に登場したり、その界隈の状況が変わりつつあります。

    都市伝説の中では宇宙人が当たり前のように登場し、超能力霊能力も当たり前、予知漫画の話題では、現実の訪日客を減らしたり、実際の生活にまで影響が出ることもありました。

    なんだろう、この言い様のない違和感は?
    いや、これは、ポピュリズムの成れの果てなのだろうか?

    しかし一方で「待てよ」とも思うのです。

    現実と非現実、日常と非日常、この「境界線」は、常に時代とともに移り変わっています。そのわかりやすい例が、人工知能AIです。1968年公開の映画「2001年宇宙の旅」に登場し、人間と巧みに会話を交わす人口知能HAL9000がいました。もちろんそれは、SFの世界でのみ語られるもので、おそらくその世代の人たちからすれば、遠い異世界の絵空事に過ぎなかったのではないでしょうか。
     しかし映画が公開されてからおよそ60年。AIは当たり前のように日常の中にあり、現実と非現実が、日常と非日常が見事にひっくり返るパラダイムシフトを我々は経験しました。

    「境界線は一定でもなければ普遍的でもない」

    この現実は、ある種の恐怖を含みつつ、現実のものとして受け入れなければなりません。

    信じるか信じないかは、備えてから

    私は、都市伝説という、現実と非現実、日常と非日常が曖昧な世界に対し、とても中途半端な態度で接しています。
    つまり、全てを信じるのでもなく、全てを嘘(あるいはエンターテインメントの一つ)だと断定するわけでもない、極めていい加減な態度で接しているのです。

    しかしこの態度は、「防災」という観点からするととても大事な意味を持ちます。なぜならその態度の延長線上にこそ、『起こらないかもしれないけれど、起こるかもしれない現実』に対する備えの意識が芽生えるからです。

    私は、何も起きないと決めつけて何も備えないという立場には立てません。なぜならば、起こってしまった時にはもう手遅れになることを恐れているからです。

    だから、「信じるか信じないかは、備えてから」とはまさに、怖がりの防災の真髄なのです。

    このサイトで紹介される防災グッズたち

    このサイトでは、様々な困難をシミュレーションしたり、実際に起こっている事象に対しどのように向き合い、そしてその時、現実的に何が必要になってくるのかを皆さんにご紹介していこうと思います。

    それは、南海トラフ巨大地震など具体的に迫りつつある危機にとどまらず、都市伝説に語られる宇宙人襲来や巨大隕石の激突など現実に起きるのか起きないのかわからない、つまりは、現実と非現実の境界線の曖昧な部分にある危機に対しても積極的にアプローチして行こうとする企画でもあります。

    たとえそれがあり得ないシチュエーションであったとしても、皆さんにとって何かのメタファーとなり防災への意識を高めるきっかけとなりましたら幸いです。

                             防災★伝説

  • 孤独という見えない災害

    「孤独は1日15本の喫煙に匹敵する」──2023年、米国公衆衛生局長官の警告は世界に衝撃を与えました。日本でも「孤独死」や「独居高齢者」という言葉が頻繁に報道されますが、最新の調査では高齢者だけでなく、若い世代も強い孤独感を抱えていることが明らかになっています。孤独は世代を超えた健康リスクであり、私たちの心と体をむしばむ“見えない病”なのです。

    孤独とは、望むつながりが得られないときに生じる主観的な感情です。孤立が物理的な状態を指すのに対し、孤独は心の問題であり、誰にでも起こり得ます。さらに孤独は、心血管疾患や糖尿病のリスクを高め、免疫力を低下させることが研究で示されています。脳は孤独を肉体的な痛みと同じように感じるため、長期的には睡眠障害や慢性的な疲労を引き起こすこともあります。

    日本では約半数が「孤独を感じる」と答えており、特に30代の現役世代でその割合が高いことが分かっています。高齢者の孤独死が社会問題化する一方で、若い世代も「孤立していないのに孤独を感じる」という難しい課題を抱えています。単身世帯の増加により、この問題は今後さらに深刻化するでしょう。

    孤独を防ぐには、行政や地域の取り組みだけでなく、個人が「心を支える備え」を持つことも大切です。避難所や災害時に孤独感を和らげるアイテムは、実は防災グッズの中でも重要な役割を果たします。アイマスクや耳栓は眠りを守り、ラジオは情報と安心を届け、アロマや写真は心を落ち着ける支えになります。こうしたグッズは、孤独によるストレスを軽減し、体調を守る“心の防災”につながるのです。

    孤独は目に見えないリスクですが、心を支えるグッズを備えることで、災害時の不安やストレスを大きく減らすことができます。命を守る備えに加えて、心を守る備えを──それが「防災伝説」の新しい形です。

  • 72時間の壁を超えろ

    「72時間の壁」とは、災害発生から3日以内に生死が分かれるとされるタイムリミット。阪神・淡路大震災の救助データから生まれ、日本全国に広まった防災の常識です。 しかし、この“3日神話”は「救助の限界時間」であり、「自立できる時間」ではありません。ここに誤解が生まれ、都市伝説のように語り継がれてきました。

    72時間神話の歴史と進化

    国際的な防災理論を見渡すと、この「3日神話」は必ずしも普遍的ではありません。アメリカのFEMAやニュージーランドでは、最低でも7日間の備蓄を推奨しており、3日間では不十分だと考えられています。つまり「72時間」は救助の限界を示す一つの目安に過ぎず、自立して生き延びるためにはさらに長い時間を想定する必要があるのです。

    そこで近年注目されているのが「SRT(Self-Reliance Time)」という新しい概念です。これは家庭や地域が自らの力で生き抜ける時間を指し、7日から14日間を現実的な目標としています。南海トラフ巨大地震のような長期的な被災を前提にすれば、72時間を超える備えが不可欠であり、従来の「3日神話」を超えた新しい防災モデルが求められているのです。

    このように「72時間の壁」は、歴史の中で生まれ、広まり、そして再定義されてきました。かつては救助のタイムリミットとして語られたものが、今では「自立継続時間」へと進化し、家庭防災の新しい指標となっています。

  • 津波てんでんこ:命を守るための約束

    津波てんでんこ:命を守るための約束

    「津波てんでんこ」とは、津波が来たら家族や他人にかまわず、てんでんばらばらに逃げるという教え。三陸地方では昔から「津波起きたら、てんでんこだ」と語り継がれてきました。

    一見すると冷たい言葉のように聞こえるけれど、その本質は「自分の命は自分で守る」という防災の基本原則。そして、事前に家族や地域で「災害時はそれぞれ逃げる」と約束しておくことで、迷いや後悔を減らす知恵でもあります。

    「釜石の奇跡」に見る実践の力

    2011年の東日本大震災では、釜石市の小中学生が「津波てんでんこ」の教えを守り、全員が無事に避難しました。これは奇跡ではなく、日頃の防災教育と訓練の成果。避難の際には、保育園児のベビーカーを押したり、高齢者の手を引いたりと、地域の助け合いも自然に生まれていました。

    防災のために備えておきたいもの

    災害時には、ほんの数分の判断が命を分けます。だからこそ、備えが大切。

    • 防災リュック:水、食料、ライト、ラジオなどをまとめておく。
    • 非常用呼子笛:瓦礫の下でも助けを呼べる。
    • アルミブランケット:体温を保つための必需品。
    • 携帯トイレや簡易トイレ:避難所での衛生を守るために。

    「てんでんこ」の教えを実践するには、事前の話し合いと、防災グッズの備えが欠かせません。