防災×食物アレルギー──同じ鍋を囲めなかった夜
――72時間で、本当に守るべきもの
※本作は防災意識の向上を目的としたフィクションです。作中に登場する地震・人物・日時・地名・出来事は架空の設定であり、実在の災害・団体・個人とは関係ありません。
■ 想定シナリオ
発生日時
2028年9月14日 午前5時42分
災害名
相模湾沖巨大地震(架空の地震)
想定される被害
・広域停電
・断水
・物流停止
・通信障害
・避難所生活
・救援物資到着まで72時間以上
午前5時42分
耳をつんざく警報音で目が覚めた。
「緊急地震速報です。」
次の瞬間だった。
家が、
横へ飛んだ。
棚から皿が落ちる。
冷蔵庫が動く。
照明が揺れる。
寝室から、
娘の泣き声が聞こえた。
私は裸足のまま走った。
小学三年生の娘を抱きしめる。
夫は玄関を押さえていた。
揺れは終わらない。
時計だけが、
壁の上で激しく震えていた。

世界が止まった朝
停電。
断水。
信号は消え、
スマートフォンには
「通信できません」
の文字だけが残った。
スーパーは営業できず、
コンビニには長い列ができていた。
昼過ぎ。
携帯ラジオだけが街の状況を伝えていた。
「相模湾沖巨大地震(架空の地震)の影響で、広い範囲で停電・断水が発生しています。物流の再開は未定です。」
私は、
防災棚を開けた。
保存水。
簡易トイレ。
ランタン。
乾電池。
モバイルバッテリー。
カセットコンロ。
「準備しておいてよかった。」
夫が小さく言った。
私もそう思った。
まだ、
本当に足りないものに気付いていなかった。
二日目の夕食
停電二日目。
午後六時。
コンロの青い炎だけが、
食卓を照らしていた。
鍋から、
湯気が立ち上る。
娘が笑う。
「久しぶりに温かいご飯だね。」
その一言だけで、
私は泣きそうになった。
「いただきます。」
そう言おうとして、
娘の手が止まる。
「ママ。」
娘は茶碗を見つめたまま言った。
「これ……
食べられない。」
卵アレルギー
その言葉だけで、
全部分かった。
娘には、
卵アレルギーがある。
普段なら、
私は絶対に原材料表示を見る。
スーパーなら別の商品を選ぶ。
学校にも伝えてある。
でも、
災害では違う。
「今あるものを食べる。」
それしか選べなかった。
母親として負けた瞬間
娘は笑っていた。
「お茶だけで平気。」
そう言った。
私は、
その笑顔を見ることができなかった。
お腹が空いているはずなのに。
食べたいはずなのに。
娘は、
私を困らせたくなかったのだ。
私は初めて知った。
防災とは、
保存水の本数ではない。
非常食の数でもない。
家族一人ひとりに合わせた備えだった。
避難所でも同じだった

翌朝。
体育館では炊き出しが始まっていた。
温かい湯気。
「どうぞ。」
スタッフが笑顔で差し出す。
娘は、
列に並ばなかった。
事情を話すと、
スタッフは申し訳なさそうに頭を下げた。
「対応できるものが……。」
責めることはできなかった。
避難所は悪くない。
スタッフも悪くない。
炊き出しも悪くない。
悪かったのは、
「みんな同じものが食べられる。」
そう思い込んでいた私だった。
あの日から、備えが変わった
家へ戻って最初にしたことは、
家具を直すことではなかった。
防災棚を開けた。
一つひとつ見直した。
保存期間では選ばない。
価格でも選ばない。
娘が、
安心して
「いただきます。」
と言えること。
それを基準に選び直した。
調べていく中で知ったのは、食物アレルギーに配慮し、長期保存できる備蓄食があるということだった。
水やお湯だけで食べられ、長期間保存できるものなら、災害だけでなく、旅行やキャンプ、体調を崩した日の備えにもなる。
私は非常食を買ったのではない。
娘の「いただきます」を備えた。
家族一人ひとりの「食べられる」を守る備え
家族に食物アレルギーがあるなら、「非常食がある」だけでは十分とは言えません。
普段から安心して食べられる長期保存食を備えておくことも、防災の大切な準備の一つです。
編集後記
このシリーズでは、
水を描いた。
通信を描いた。
停電を描いた。
今回、私は初めて、
「食べられない」という72時間の壁を知った。
災害は、
みんなに同じようにやって来る。
でも、
困る理由は一人ひとり違う。
だから備えも、
「家族の人数分」では終わらない。
家族一人ひとりの”日常”を守ること。
それが、
本当の防災なのだと思う。


